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大学時代~中退まで

俺は人生で3度の大学受験を経験している。

しかし、学歴は「二浪高卒」だ。

大学を2度も中退している。

意味の分からない学歴を持っています(笑)

一度目は、ストレートで入った茨城の大学。

どうしょうもないので、どこでも良いので入ったという感じだ。

俺は初めの頃は「やっと抑圧的な親から離れられる!」と また、新しい環境に行けば俺を干渉する人間は誰もいないと 茨城の大学生活を楽しみにしていたが、その期待とは一変。

なにもない・・・・

コンビニまで自転車で20分 レンタルビデオ屋までも自転車で25分 華やかな東京に強い憧れを持っていた俺にとってなかりがっかりだった。

なにより、大学に入ると同時に30人位の「ゼミ」に強制的に 入れさせられて、当時極度の対人恐怖症を持っていた俺にとっては めちゃクチャ苦痛でしかなかった・・・

本当に閉鎖的な環境。

その中でまた俺は孤立していった。。

今も思い出すのが、昼食の時、学食でご飯を食べる事が出来なく 図書館のトイレの前の階段で良く一人で食事をしていた・・。

「俺の大学生活って・・・なに??」

「人が怖いのは一切変わらない・・。」

もう入学して2か月後には学校に行くことが出来なかった。。。

大学生の登校拒否である。

ストレスも限界で、人生で一番煙草を吸っていた時期だろう。

1日4箱位吸ってしまっていた・・・。

俺は昔からお酒が飲めなかったので、もしお酒が飲めていたら それに完全に逃げていただろう。。

そしてもっとボロボロになっていただろう。。

不幸中の幸いだった。。

俺の心は「東京」しか見てなかった。

東京に行けば環境が開放的になる!

親に頼み込んで来年もう一度受験をさせてもらおうと思った。

しかし、そこで思わぬ友人が出来た。

カズといって、群馬出身のもとヤンキーだ。

そいつも一匹狼で、集団のゼミが全く合わず、閉鎖的な その大学に嫌気を指していた。 そいつとはウマがあったなぁ。。

カズがある日車を購入した。

毎日のように色々出かけた。。

生活費を切り詰めて、19そこそこなのにスナックに通った。

キャバクラなんてない。スナックだ。

そこで、目いっぱい恰好を付けた。

そこのホステスとも付き合った。。

夜中中町を徘徊していた。

大学生のヤンキーだった(笑)

ちょっとだけ友人という大切さやありがたさを ヤツは分らせてくれた。

でも俺は大学を辞めた。

どうしても東京に行きたかった。。

俺を見つけたかった・・・。

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